2015年4月25日土曜日

染み

初夏な日差しの今日この頃。
今日はまだちょっとおぼろげで春っぽい?

一昨日、夜11時ごろ生田川近くを通りかかったので
夜の布引でもみていくかーと、久しぶりの夜の散歩をしてきました。

最近夜で歩いてないなーーー!
とつくづく実感。

危ないから夜歩かないに越したことはないと
最近控えていたのですが、どうも夜の徘徊は
私にとって大切な時間だったようです。

自分の見えないところを整理する時間。
夜のもやもやに浮かぶ形に目を凝らす
染みの中に今の自分の象徴を見る。



◎闇に鶏が鳴く◎

画像暗すぎた。







2015年4月21日火曜日

おでこでこでこ。

遅咲きの桜もいよいよ終わり、毛虫や蓑虫がたくさん元気。
藤まで咲き始めました。
くまばち、あげはもいたなぁ。

ですが、まだ気持ちが付いて行っていない今日このごろ。

春ってこんなに駆け足やったっけ。

なかなか思い出せないものです。
そりゃぁ温暖化って言われても個人じゃぁ実感がむつかしいよなぁ。

個人差なのか、本当に変わってきているのか。



さて、個人差というと、フェチズムってありますよね。
宗教的なやつやなくて、個人の嗜好の話の方。

私はフェチズムが多すぎて極端なのに幅広い嗜好性があります。

例えばお化粧した人にトキメいたかと思えば、
葉っぱ一枚あればいい的な人に心をもっていかれ、
プロレスラーみたいな体型にため息をつきつつ、
痩せてて年いった人の首の皴をこの手に想像する・・・。
みたいな。
まぁ要するに、なんでもいいってやつですね。

他にもは臭いとか五感にちなんでいろいろバリエーションがあるのですが
長くなるのでさて置いて、
フェチのイチオシはオデコが広がっている人。



◎嗜好とは自分の中の外側ののふるいなのか
それとも内の根源なのか◎


一目ぼれなんて言うと浅く感じるけど、
プラスとマイナスだって引かれ合う理由はなく、
ただ引き寄せあっているだけじゃないのかな。
結局すべては細かく細かく明かしていっても
最後の最後は好き嫌いに終着するんじゃぁないのかなぁ。
その衝動の周りにあるものを取っ払う作業が人間っぽさなんじゃぁ・・・。


って、話がこじれていきますね。
今夜はこの辺で。




2015年4月20日月曜日

やさしさ。

雨ですねー。
梅雨かってほど降っています。

しっとり。

しっとり、ってなんかやさしいですよね。
間を濡らしてくれる・・・・

というとエロスな響きですが、

でもこの、何かと何かの間をとりもつようなそのやさしさ。
いいです。


今週末はそんなやさしさに触れる機会が多くありました。



そんな中で一番分かりやすかった人の言葉をお借りします。

「まぁいっか」は「どうでもいい」とは違う。

最初から、「どうでもいい」はやさしくないし真摯でもない。
向き合いたくないこと、あるいは
もう向き合わなくてよくなったものに向けられる気持ち。

「まぁいっか」は
どうでも良くなくて、自分なりに考えてみて動いてみて精一杯やってみて、
でも最後の最後はまぁいいか、と思えるあの境地。
ここまでやったのなら、結果はもう「まぁいっか」

望んだ結果とそうでない結果の間を埋める
「まぁいっか」

強いやさしさ。

やっぱりやさしさは強い。


それなのに私はつい極論にいきがちです。

何日か前の「それを言っちゃぁおしまいよ」に通ずるものがあるかな。

本当は人の中にはすべてが詰まっていると思っている。
すべての二極が弧をなして、人それぞれのバランスで
ゆらゆらしているんだと思っている。

でもいざ対人でお話していてイライラすると、
うっかり「この人にはこの極がないんだ」「わかんないんだ」
と決めつけて極論で白黒つけようとしてしまう。
どうせあなたにはわかんないよ。
私の好きにさせてよ、なんて言葉でさ。

やさしくないなぁ。

怯えてちゃぁ、やさしくなれるわけもないか。


春だしほんと、怯えてる季節じゃない。
怖い思いいっぱいして、恥かいて、その分やさしくなろう。
少なくとも大切に思う人たちには。


ほんとに、しっとりって、そんなこんなをやさしくつつんでくれますね。

まとまったようなないような、よもやま話でした。


そうそう、うれしいことに最近上げている絵に
「やさしくなった」とか「シンプルになった」と言われることが。

絵日記なので、気負わずより裸でわたしらしいのかもしれません。


言われて考えると、前の様な色の対立に対する
ぞわぞわっとした緊張感や、この色の隣は
この色という決めつけがないのかもしれません。

その分、この色の隣はこの色もいいんじゃない?とか、
気に入らない組み合わせも見ているうちに
「そうか、これが言いたかったのか」とお話したり
実験的でやさしいかもしれません。

作品にするとなれば違うのかもしれませんが
もうしばらくはこんな調子でかいていきます。





◎感じるけど見えない◎
水面下の感覚はあっても、いざ地上にだすのにはどうしていいかわからない。

2015年4月17日金曜日

今日も引き続き…

眠いです。







星の数ほど人はいて、人の数だけの自分がいる。

月の無い夜、いつもよりよくみえる。

エネルギーが低くて何も感じず無感動なのと
エネルギーが落ち着いていて穏やかであることは
表面上似ていても全然違う。

そんな意味では最近元気。


明日に向けておやすみなさい!!




ところで私の寝室のライトは我ながら禍々しい。
見慣れるとまぁまぁいいか、と思えてくる不思議!




2015年4月15日水曜日

HEY!

眠いよ、HEY!


無意識の割合が多い人間は自ら意識をする時間を怠ると
人と話していて、まわりも自分もしんどいよ。

っていう話をまとめたかったのですが、今日はもう眠いや。

春眠~。ゆめのなかでまとまれ~。






◎無意識を意識して、HEY!◎


2015年4月14日火曜日

それを言っちゃぁおしまいよ。

今日(日付は昨日)の神戸は朝方はすごい風でした。
春の嵐?

私も春になると身体も心も活動的になって、持て余した日にはうっかり嵐になります。
今日は普段からお世話になっている人たちと思い切りはしゃげたので
いいガス抜きさせてもらった~。
や~、たっぷりはしゃいだ。
人間なのだから、嵐じゃなくこうやって日々の活力を生み出したいものです。


さてここ最近のテーマはやっぱり「話すこと」。

私は話していて、結果を
「まぁ人それぞれだからね。みんなそれぞれよ」
なんてまとめ方をしてしまう。


それを言っちゃあおしまいよ。
話になんないよね~。

「みんなそれぞれよ」
これ一見、全部を受け入れますよ~みたいなセリフですが
これを盾に最近どんなけの話や意見を、シャットアウトしてきちゃったんだろう。


なんのための話だっけ。

意見を言いたいからだろう。
聞いてほしいからだろう。
認めてほしいからだろう。
共感したいからだろう。

いろいろある、
「みんなそれぞれよ」の言葉の出番もあるだろう。

けど、それをみーんな一緒くたにしちゃぁおしまいよね。


私の白黒つけたいという欲がついついついつい顔を出す。
でも争いは嫌いだから「みんなそれぞれよ」で、おしまいにしてしまっていたなぁ。

あぁなんて固い私。


「それぞれ」の言葉の意味を自分の中で広げていくためにも
もっとちゃんと向き合ってお話しよう。





◎固くなったり柔らかくなったり◎

そうやっておいしくなる。



2015年4月13日月曜日

すみ

引き続き話をすることのもやっとさがぬけません。

近しい人に対しての言葉が分からなくなってしまった。

毒を吐くのは好きじゃないけど結局しちゃってる。

じゃぁやっぱりいっそちゃんと認めて吐きたいな。





◎花吐くTACO◎

たこが目くらましの墨のかわりに花を吹いたら素敵やけど変。

墨は墨やし、花は花。

でもたまには吐きたくなるさ。花。

でもそれじゃぁやっぱり意味が違う。





関係ないけど家の扉にはタコがいる。


何を隠そう、この扉はの奥は押入れでなく…

おトイレ!

さらにトイレの奥側にもう一つ扉があり、台所へ続く不思議。